金子きみ「雪と風と青い天」ー網走市

金子 きみ(かねこ きみ)
1915年(大正4年) – 2009年   小説家、歌人。

湧別町生まれ。両親は山形県からの入植者。上芭露小学校卒業後、農業に従事。10代の頃から口語自由律短歌をつくりはじめ、並木凡平の「新短歌時代」に寄稿。1938年に歌集『草』を出版、「農民短歌」として評判になる。
夏はハッカ製造に従事し、農閑期には東京の姉夫婦のもとで暮らすという生活を送った。義兄は陸軍画報社の社長を務めた中山正男であり、彼の紹介により陸軍画報の編集者と結婚した。
1957年に小説『裏山』で「婦人生活」懸賞小説で一位となり、小説家としてデビュー。1982年、小説『東京のロビンソン』で第11回平林たい子文学賞受賞。2009年6月23日、肺炎のため奈良県大和郡山市内の病院にて死去。

「雪と風と青い天」は 網走市議会議員中川イセをモデルにした女傑一代記。

「明けきらない料理屋街は深い雪の中で眠りの最中である。この料理屋街は七、八軒からなりイセの抱えられた風月屋は、中流どころだった。イセは、旭川で病気をして借金をふやして網走に来てしまったことは、まったく幸運だったと思う。一歩も外出を許されないという旭川の遊廓と違って、信用されればこうして外気が吸えるのである。//
びっしりと凍てつく寒気に、まつ毛が凍る。鼻の穴が凍る。息で角巻の衿が凍る。ここからは見えないが、海にはびっしり流氷が敷き詰まり、網走の名にしおう厳冬である。イセは、はじめての北海道の冬へ、積極的に自分をおし出そうと、これから柔道の道場に、寒稽古に通うのである。彼女は走り出した。そうしないと、手足が凍る。雪駄にきしんで雪路がきゅっきゅっと鳴る」