渡辺淳一「尾岱沼」ー別海町

「尾岱沼は正しくは湖ではない」ではじまる渡辺淳一の紀行記です。

「南東の一端でオホーツク海に接しており、この湖の静謐さを支えているのが北端から細く突き出た砂嘴である。この砂嘴は母親の腕のようにゆるく弧を描きながら野付岬に至る。正式には野付半島と呼ばれるが、その距離は28キロに達し、最も幅の細いところはわずか30メートルにすぎない。

突端への「途中に『トドワラ』がある。トドワラはトドマツの樹が、ナラワラはナラの樹が、まわりの地盤沈下とともに根が海水に浸り、枯れた姿である。塩水の影響を受けて、樹肌は白味を帯び、あるものは倒れ、あるものは辛うじて立ち、暮れてくると、夕闇のなかで墓標のように見えてくる。まさしく、ここは北の風と海水で苛まれた樹木達の墓地てである。」

白石一郎「野付半島幻の歓楽郷キラクの謎」

「砂嘴に立つと尾岱沼とオホーツクの両者を見渡すことができ、彼方に国後、択捉の島影が見える。このトドワラから4キロ行くと竜神崎には、白く小さな野付灯台がある。その数百メートル先の草叢のなかに苔むした墓石があって、「函館在住」と記された文字がみえる。かつてこの岬の先に『キタ』という村落があり、江戸の末期にはかなり栄えていたらしい。それが忽然と消滅したのは、船が改造されて船足が長くなり、こんな気候の悪いところに住まなくてもよまなったためらしい。
その地に百数十年も前に人が住んでいたが、多くは北方領土の守護という名目で、無理矢理連れてこられたのであろう。」