石坂洋次郎「若い人」ー函館市

石坂洋次郎は、青森県弘前市で明治33年(1900)生まれ。
慶應義塾大学文学部を卒業後、郷里に戻り弘前高等女学校を経て、秋田県立横手高等女学校での教員生活中に小説を執筆。
「三田文学」に昭和8(1933)年8月から昭和12(1937)年12月にかけて掲載したのが「若い人」でした。

28歳の間埼慎太郎が勤めている女学校は、米国系のキリスト教会で経営している自由博愛主義のミッション・スクールではじまり、女性徒江波恵子の奔放さに振り回されながらも、次第に惹かれてゆくという筋書きです。
小説に「函館」とは記載されていませんが、函館が舞台でミッション・スクールとは現在の遺愛女子高等学校。
ところが、作者はまだ函館には行ったことはありませんでしたが、函館のことが見事に描かれています。

「漁船を曳航する発動機船の爆音が、口の中にふくんだようなやわらかい連続音を港の眠った空気の中に響かせた。一つ一つの音が小さい輪になって空に吹き上げられ、それが緑色の棒を寝かせたような半島の突端までユラユラと波紋をひろげて、うすれて、消える。眼を細めて海面を少しずつたどって行くと、太陽の光で白くギラギラ光っている沖に近い区域を一、二寸はずれたあたりに、五、六匹の虫が行列したような漁船の一群が発見された」