箱館戦争は終わったが

写真は明治9年の箱館

箱館戦争終結後、箱館、松前などの市街地は焼失し、特に箱館市街地は新政府が旧幕府軍死骸に触れることを許しませんでした。そのままの状態で取り残されており、まだまだ戦争の余韻の中にありました。

復帰した箱館府は、旧幕府が発行した4万両にものぼる一分金、一分銀の改鋳銭の回収、更にこれによる貨幣流通の混乱を立て直す必要がありました。

箱館府に投書がありました。
「物資不足で日常生活品、特に米の高騰で生活が成り立たない。箱館戦争のためで、例年ならば2月~5月にかけて入港してくる商船が減少、米の入荷がなくなり、秋の彼岸まで続くなら、その後は荒天で入船はほとんどなくなるので冬場はもっと大変なことになる」

まさに必要のない戦争を起こされた民衆の苦境が現実となっていました。

1869年(明治2年)

4月9日

政府軍、蝦夷地に上陸。

 

 

5月11日

政府軍は箱館を総攻撃し、17日にはついに旧幕府軍が降伏(五稜郭落城

 

 

(開陽丸を失ったことが敗戦を早めたともいわれている)

 

 

 

6月17日

諸藩の版籍奉還の勅許あり、公卿・大名らの称を廃し華族と改める。  

 

 

7月8日

開拓使設置。

 

 

 

 

 

 

7月22日

蝦夷地開拓のため、諸藩・士族・庶民の志願で地所割渡すべき旨を布告。

8月15日

蝦夷地を北海道と改めた。

 

 

 

 

 

北海道11国86郡が置かれる。

 

 

 

 

 

9月1日

明治天皇の詔により、北海道開拓の守護神として北海道鎮座祭が東京で。

 

 

(その後、当時の開拓使長官や開拓判官の島義勇らによって札幌へ移される)

 

12

伊達邦直は家臣に命じ北海道現地調査に行かせる。