島になったおばあさんー弟子屈町ー

むかし、蝦夷地の北の方に、上のコタン(村)と下のコタンがありました。
上と下のコタンは仲が悪く、いつも何か、もめごとがありました。

ある時、下のコタンの酋長が上のコタンの酋長のだまし討ちにあって、殺されてしまいました。
それがもとで、上と下のコタンは、激しい戦いとなり、ついに下のコタンは、全滅してしまいました。
下の酋長の母親は、孫のトンクルを連れ、闇にまぎれて下のコタンから逃げました。コタンにいたら、上のコタンの者に殺されてしまいます。おばあさんは、孫の命を守らなければと、固く心に決めたのでした。
おばあさんは、トンクルを連れ、見つからないように、野や山をあてもなくさまよっているうちに、かわいい孫のトンクルを、見失ってしまいました。
おばあさんは、死に物狂いになって、探し廻りました。
「トンクル、トンクル・・・・・」大声で呼び続けおばあさんの声も、だんだんと枯れていきました。
すっかり疲れ切ったおばあさんは、そこから一歩も動けなくなりました。
のどがやけるようでした。しかし、水はありません。
おばあさんは、それでもトンクルを探しながら、山を歩き続けました。

そして、大きな湖にたどり着くことができたのです。おばあさんは、湖の神にお願いしました。
「湖の神さま、どうか、水を飲ませてください」と。しかし、神は、冷たい態度で、
「だめだ。おまえは、戦いに負けた下のコタンの者ではないか。それに、孫を見失なうなんて。そんな者に水を飲ますことはできん」
おばあさんは、がっかりしてしまいました。焼けつくような喉をさすりながら、疲れ切った体を引きずって、こんどは摩周湖にたどりつきました。
おばあさんは、また、湖の神にお願いしました。
「湖の神さま、どうか、わたしに水を飲ませてください。そして、かわいい孫のトンクルを守ってください。お願いいたします」
摩周湖の神は、とても心のやさしい神でしたから、おばあさんの願いをすぐに聞いてくれました。
「さぞ、疲れたことであろう。さあ、水は、いくらでも飲むがよい」
おばあさんは、大喜びで、きれいな冷たい摩周湖の水を、腹一杯飲みました。
水を飲むと、いっぺんに疲れが出たのでしょう。おばあさんは、いつの間にか眠ってしまいました。
すると、おばあさんの夢に、強いカムイ(神)に手をひかけたトンクルが現れて、
「おばあさん、心配しないでください。わたしは、強いカムイのところで武芸に励んでいます。大きくなったら、きっと下のコタンを、もとのようにします。ゆっくりお休みなさい」といいました。

おばあさんは、はっと目を覚まし、それが夢だと知ってトンクルを思い出し、何日も、泣き続けました。
おばあさんは、考えました。きっと、トンクルは生きているに違いない。また、摩周湖の神に頼みました。
「神さま、お願いでございます。孫のトンクルが帰ってくるまで、ここに置いてください」
神は、おばあさんの願いを、すぐ聞いてくれました。

おばあさんは、湖の中の小さな島になって住み着くようになりました。そして毎日、トンクルの帰りを待ちました。おばあさんは、摩周湖に人が訪れると、それをトンクルだと思って、うれし涙を流すので、この涙のために摩周湖が曇ってかすんでしまい、嬉し泣きになくので、夏には雨が降り、冬になると吹雪になるのだと伝えられています。

こうして、摩周湖の中にある小さな中島を、カムイフッカムイ(神さまの老婆神)と呼ぶようになり、かわいそうなおばあさんと孫のトンクルの物語と、今も語り伝えられています。
ところで、山でおばあさんと別れてしまったトンクルは、その後、ナラの木の神に救われ、立派に育てられました。やがて、亡びたコタンをもとのようにして、立派な酋長になり、コタンも平和に栄えたということです。