石がもえた

松つぁんは、鉄砲うちの名人である。
「クマうちだば、松つぁんにゃ、誰もかなわねえべ。てえしたうでだも」
鉄砲うちの仲間の間でも、松つぁんの腕まえは評判だ。酒好きな松つぁんは、いい気持ちになると、きまって自慢する。
「おらのクマうちだば、アイヌの人たちだって、とてもかなわねえって、そんだふうにいっとるべ。うそだっておもんなら聞いてみねが。おら、うそっこいわねえぞ」と、松つぁんにさんざん自慢されてしまうのだ。
でも、本当のことだから、鉄砲うちの仲間たちも、「松つぁん、わかった、わかったてば・・・・」と、なだめて、松つぁんの自慢話をやめさせるよりしかたがなかった。
それでも松つぁんは、みんなからとても好かれていた。酒がはいるとクマうちの自慢話をするが、普段は仲間の面倒をよくみてやり、他人には親切だった。

松つぁんは、その日も山へでかけた。朝早く鉄砲をかつぎ、もう山ブドウの葉などは真っ赤な色に染まっている山を見ながら、歩きつづけた。
山のふもとに着いた松つぁんは、背丈よりも高いクマザサを押し分けながら、その山を登った。
やっと山のてっぺんまで登り、一息をついた。さすが、疲れるものだと思いながら松つぁんは腰をおろした。腰をおろして、あたりを見回した松つぁんは、はっと目をすえた。シカの足跡があるのだ。
「しめたぞ」
山を登った疲れはすっかり忘れ、シカの足跡を追いかけた。
しばらく足跡を追いかけたのに、どうしてもシカの姿を見つけることができなかった。気がついたころは、もう日は西の山にしずんでいた。これから家へ帰っても、遅くなってしまう。松つぁんは、今晩はここらで野宿することにした。

岩陰に、いそいで枯れた木の枝を集めた。ひと晩じゅう火を燃やさないと、寒くなる季節だから、風邪ひいたりしたらたいへんだ。腹もへった。食べる支度もしなければと、谷川まで下りて、水を汲んできた松つぁんは、燃えているたき火を見てびっくりした。
「あれれっ、石がもえている! 」
鍋をかけるのに、たき火の外側に、黒い岩石を立てて置いたのに、火がついて燃えているのだ。黒い煙と青い炎を出して燃えている。石が燃えるなんて、今まで聞いたこともない。
「キツネに、だまされたんでねえべか」
なおよく見ると、立てかけた黒い石からみんな黒い煙と青い炎が出ているではない。松つぁんは、すっかり薄気味悪くなってきた。
「こりゃ、野宿どころじゃねえ、村さ、いっこくも早くもどるべ」
松つぁんは、鉄砲を片手に山を下った。山で不思議なことが起こったら、どんな場合でも急いで山を下りろ、という仲間の約束もあったし、薄気味悪いので、急いで山を下りて帰った。

薄気味悪かったが、松つぁんはその黒い岩のかけらを、二つ三つ拾って、袋に放り込んで持って帰った。家に帰ると、ものも言わず布団にもぐりこんでしまった。
松つぁんが、何も獲物を取らず、帰るとすぐ布団にもぐって寝ている、という噂が鉄砲うちの仲間の耳に入った。
「松つぁん、山でキツネかタヌキに化かされて、石が燃えたというでねえか・・」この噂を耳にしたある人が、松つぁんの家へやってきた。
「松つぁん、石が燃えたというのは、間違いじゃなかへ」
「おら、嘘っこなんか、いわねえぞ。ほんとに石さ火がついて燃えたんだ。お、そんだ。おら、帰るとき、石のかけらを袋に放りこんだ。まだあるべ」
松つぁんが袋の中から出した黒い岩石のかけらを見たその人は、
「松つぁん、石狩の役所の荒井さんという人が、こういうことはくわしいそうだ。調べてもらったらどうだね」
つぎの年、雪が解けるのを待って、松つぁんは黒い石のかけらを袋に入れて、石狩の役所へ出かけた。石狩まで行くのに、ずいぶん苦労してやっと役所に着いた。

「ちょっと、荒井さまにお目にかけたい物がありますで、今持ってまいりましたで」雪解け道のどろんこで、着ている服もすっかり汚れた松つぁんを見て、役所の人は言った。
「なに、荒井さまにお目にかけたい物?  なんだと、燃える石?  たわけたことをぬかすな、石が燃えるか!  」

大声で松つぁんをどなりつけるのが、耳に入ったのだろう。
ひとりの上役らしい人がでてきた。
「いま、耳にしたのだが、もえる石だと」
「へえ、この男がそんな大ぼらをぬかすもんで、いま叱りつけたところです」
「どれ、その石を」
黒い石をていねいに見ていた役人は、何かじっと考えていた。

やがて、松つぁんに黒い石のあった場所ややうすを詳しく聞き始めた。
「松つぁん、とか申したのう。よく知らせてくれた。礼をいうぞ。わしにもよくは分からないが、この石は、西洋でコールといっている石に違いないと思う。燃える石なのだ。木や炭よりも何十倍も火の力が強いということだ。松つぁん、たいせつなものを見つけてくれて、礼をいうぞ・・・・」

松つぁんー本当の名前は近藤松五郎といった。シママップ(今の島松)に住んでいたので、鉄砲撃ちの仲間には、シママップの松と呼ばれ、鉄砲撃ちの名人といわれたぐらいの腕前だった。
この話はポロナイ(今の幌内)で石炭が見つけられた時の話で、松つぁんはこのためにお金を儲けたこともなく、猟や農業をして、一生を過ごしたという。