ふしぎな力で村を救った娘の話

「昭和59年度アイヌ民族文化財調査報告書より 織田ステノ伝

わたしは、オタスッというところに、家族と一緒に暮らしていました。わたしは一番末っ子でした。
いつのことか、わたしは寝ても覚めても、ずっと遠くの村のこと、そこにいる悪い心を持った者たちのことがわかるようになりました。悪者どもがトパットゥミといって、夜に突然襲いに行く準備をしているようすや山の向こう側の人々をきり殺しているようすが見えるのです。そのことを言っても父母は、
「恐ろしい。娘よ、何てことを言うのか」と言うばかりでした。

やがて年ごろになったわたしは、何かが心に浮かんで見えていても、みだりにそのことを言わないようにしていました。
ある日、兄や村の若者たちが狩りに行き、もう午後になるころのことでした。
クスリ(釧路)という村の人々が戦争をしかけに、わたしの村の、川の源にあるカムイヌプリ(摩周湖)という山の下に、大きな家を作って集まっているのが心に浮かんで見えたのです。

そして、悪者どもが、若者二人に、
「今夜、お前たち二人でようすを見に村に行ってこい」と命令しているのが見えました。すぐ近くに見えているかのようにわかったので、

「ねえさん、ねえさん、ひえでも肉でもござに巻いて、鎌でもまさかりでも木を切るのこぎりでも荷造りしなさい」 と言い、姉をせき立てました。
姉はあわてて、父母も、
「突然何てことを言うのか。どこにお前たちは行こうとしているのか」と言い出す始末でした。

わたしは、
「何でもいいから、言う通りに荷造りしなさい。入り口のすだれも窓のすだれも荷造りして背負いなさい」と姉に言い、急がせました。

姉はおろおろして、
「どこへ行くの。まあ、いきなり。日もかたむいて食事も終わらないうちに、妹よ、わたしをせき立てて早く早くと言うのか」と言うので、

わたしは、「食事はその場所に行って食べよう。ねえさん、おぜんを一つとおわんを二つそれに入れて、荷造りしなさい」と、さらに姉をせき立てました。
姉はわたしが言ったように、おぜんの中へおわんを二つ入れて、荷物にくくりつけました。
そこでわたしは、ひえやシカの肉のよいところ、あぶらののったところを選んで荷造りして、姉とともに上流へと急ぎました。

上流に着くと、姉に命じてかやや草を刈らせ、そこに小屋を作りました。
持って来た食べ物を料理して一緒に食べ終わると、家の中で火をたいて明かりが外にもれるようにしました。そして、用意したおぜんにおわんとはしとをのせて、下見に来る男二人を待ちました。

しばらくすると、外で、
「どうしてこんなところに小屋があるんだろう」とあやしむ声がしたので、わたしは、敵の男二人に、
「女二人でさびしく思っていたところです。どうぞ、中に入ってお休みください」と声をかけて中に招き入れ、用意しておいたおぜんとおわんに料理を盛ってごちそうしました。

わたしは、道に迷ってこの家の前に出たと話す男たちにどんどん食事をすすめ、男たちがたらふく食べた後に、何か話してほしいと申し出ました。
すると、二人の男は咳払いをしてから狩りに出たときのことをあれこれ話し始めましたが、そのうちに居眠りをしだしました。そこで、わたしは、姉に急いで川に行っておわんやはしを洗って来るようにたのみました。

(以下四行は、姉が見たことを自分で語っている。この部分の「わたし」は姉)

わたしは、妹が何をしようとしているのかと思い、そのようすを見ていました。すると妹が着物のすそをまくって、寝入っている二人の若者の上をまたいで土間の方に行き、また戻ってきただけで二人の若者は死体となり、転がってしまいました。

(ここから語り手は妹にもどる)

わたしは姉に、
「ねえさん、ここで留守番をしていなさい。ねえさんは足が遅いから、わたしが村に知らせに行きます。夜明け前に知らせないと、トパットゥミ(夜襲)の悪者どもがいっせいに村に下がってきて村をめちゃくちゃにしてしまうから」
と言って外に飛び出しました。
姉は、後から、「わたしが行くから妹よ、ここで番をしていておくれ」と泣きながらさけんでいました。

しかし、わたしは飛ぶように村にかけ降りて、父母や兄弟に一部始終を語り、急いで村中の強そうな者を集めさせて、先頭に立って上流へと急ぎました。
兄たちがわたしの足の速さに驚きながらついて来て小屋に入ると、姉は恐ろしさですみにちぢこまって泣いており、話の通り敵の男二人が死んでいたので、兄たちはじめて事情をさとりました。

わたしは、川の源のカムイヌプリ山に、悪者どもが大きな小屋を建ててひそんでいることをみんなに話し、案内しました。
すると、見上げるようなカムイヌプリの山のふもとに大きな小屋がありました。明かりもなく、話し声もなく、大きな小屋は、ひっそりとしていました。わたしは兄たちに先に入れとどなりましたが、おじけづいた兄たちは、
「お前が先に入ってくれればいい」と言うばかりです。
兄たちの意気地のなさに腹を立てたわたしは、小屋の中に飛び込んで、悪者どもを次々になでぎりにしていくと、村人たちも中に入って来て、悪者どもをきりふせました。

悪者どもは、
「おれたちが悪いんじゃない。村長が悪いんだ。命ばかりは助けてくれ」と言いましたが、わたしたちは悪者どもを残らず退治し、家に火をつけ、夜明けを迎えました。悪者どもを退治し、やっとほっとしたわたしは、川を下がり、残した姉のいる小屋に戻りました。

待っていた姉に、
「ねえさん、使ったござやおぜんを早く荷造りして。小屋を焼いてしまうから」
と言い、火を放ち、悪者どもと一緒に小屋を焼いてしまうと、ようやく安心して村へと帰りました。

村に帰ると、上手から下手から人々が着物や宝物を持って集まり、感謝の気持ちを伝えてくれました。
父母は、「神様が娘に取り付いて悪者どものトパットゥミ(夜襲)のたくらみを知らせてくださったのだ」と言って神への感謝を口にし、男たちは集まって神への祈りをささげました。

やがて、わたしは特別な力を持つ者として人々から敬われ、結婚もしました。
村人は、わたしが畑仕事やひえつきをしていると手伝ってくれました。
子どももたくさんでき、わたしは子どもたちに、
「決して悪い心を持ってはいけないよ。悪者どもは、神様が知らせてくれたので、こらしめられてしまったのだからね」
と語り聞かせながら年老いていきました。と、一人の女が自分のことを物語りました。