大アメマスを退治したアイヌラックルの話

金田一京助「ユーカラの研究」より

アイヌラックル=アイヌの英雄。神と人間の間、半人半神とでもいうべき存在。人間の始祖ともいわれている。地域によってはオキクルミと呼ばれることもある。

姉上はわたしを大事に育ててくれた。家の中にはたあくさんの宝がある祭壇があってな。祭壇の山のような宝の上の方には、首領の宝の剣がいくつもいくつも飾ってあるんだ。たくさんの宝の布がそよそよと風に揺れるとな、その光がきらりんぴかりんって反射しあうんだ。刀にも、うるしぬりの器にも光があたって、家の中が照り返す光だらけに輝くのを見るととってもうれしくなるんだ。
宝物の下には、これまた黄金に輝く座布団の上に、六重になった着物もある。
姉上はとてもとても美しい。わたしのために、腕のもとまで水で清めてから食事を用意し、金のおわん金のおぜんを重ねて出してくださる。それはそれは、とっても大事にされてわたしは時を過ごし、大きくなっていたのだ。

わたしが大きく成長し、刀のさやに夢中になって彫り物をするほどの年になった。時おりどこからともなく、遠くからものすごくでっかい物音がするのを耳にして、少し気に掛けていた。
そんなある時、姉上は顔を上げてこう言った。
「お育て申し上げているわが神様。これからわたくしがお話しすることをようくお聞きくださいませ」
わたしは姉上の話をびっくりしながら聞いたのだが・・・。

「あの大きな物音は、すでにお気づきになっていることと思うのですが、何の音かというと・・・・この、里川の上流で、十勝川との分かれ道にあたる山にとてもとても大きな沼があるのです。そこに、大きな大きなアメマスが住み着いています。そのアメマスがあばれて動くたびに、この大地が、クニがこわれてしまうので、神々が沼に集まって、その悪魔のアメマスを退治しようとしているのです。
しかし、その大アメマスにもりを刺しても、何と大アメマスの胸びれの下からは、黄金の竜が飛び出て、牙むいておそうわ、尾びれの下からは黄金のカワウソが出て来ておそいかかるわ、大アメマスに勇敢に立ち向かった神々は残らず全員が命を落としてしまいました。沼の縁には神々の死体が打ち寄せられた流木のように散乱しているのです。今では大アメマスを退治しようと向かい、命を落とした勇敢な神々の仮小屋だけが沼のほとりに建ったののです。
あなた様でなければねこの悪魔の大アメマスを退治してくれる人はいないと思うのです。どうかどうか、一日も早く、もっともっと大きく大きく成長してください。そして、悪魔のアメマス退治をお願いします!」と語ったのだ。

姉上の話を聞くが早いか、わたしは彫り物をしていた刀のさやを宝を置いてある祭壇へかたづけて、急いで小袖を着て、帯をしっかりしめ金のかぶとの緒をぎゅっと結んで、神からいただいた刀を腰に差し、銀のもりを手に持って外へと出た。

わたしは里川に沿って急いで上流の沼へ向かった。耳元にはめちゃくちゃ風が吹きつけるほど、わたしはとにかく早く走りぬけたのだった。
「やっぱり!  激しい物音がするぞ!  あそこだな!  」はたして里川の上流から大きな音がするではないか。
「あそこだな!」 そこを指して、わたしはわき目もふらずに走る走る。ようやく姉上が語った里川と十勝川の分かれ目の山に来た。確かに、大きな沼があるではないか。その周りには、姉上が語ったように無数の神々の小屋が建ち並んでいた。大きな沼の縁には悪魔の大アメマスに殺された多くの神々の死体が、打ち寄せられた流木のように散乱しているではないか。

大アメマスは沼いっぱいにでっかくなっている。沼がしらに胸びれを、沼の後ろには尾びれを振るっている。
わたしは急いで装束を脱ぎ捨て、銀のもりを手に持ち、悪魔の大アメマスをしたたかに突いたのだ。
全力死力をつくしてアメマスを突きまくり、ようやく水ぎわまで引き上げようとしたが、大アメマスもだまっちゃいない。わたしは膝まで大アメマスに沼に引き戻されそうになった。

その時だ!

はたして、大アメマスの胸びれの下からは、黄金の竜が牙をむいてわたしにおそいかかってきた。わたしは、刀を抜き一刀両断にその竜の首を落としたのだ。
だが、今度は大アメマスの尾びれの下から黄金のカワウソがおそいかかってきた!  また、その首をスパンと切り落として、ついにこの大アメマスを切り刻んだ。

すると!   何と、切断した大きな肉片がいろいろな虫になって飛び上がったではないか。わたしが沼の縁にある打ち寄せた流木のような神々の死がいを足で、ほとほとと踏むと、神々たちは長い眠りから覚めたように、目の周りをもみもみし、「ああ、もう少し寝ようと思ったのに」と言い言い、起き上がった。

わたしが沼のかたわらを力を入れて踏んで勢いよく飛び上がると、わたしの一足一足で大きな沼の水が波打ち、十勝川へ大津波が下った。わたしの里川、沙流川へも大津波となって行ったから、育ての姉上はびっくりしてその沼までやってきた。
わたしの肩を後ろから抱き留めて、
「これこれ、坊や、とんだことをする。このクニがこわれるのを心配し、あなた様ならば大アメマスを退治してくれるのではと思って頼んだのに・・・。
アメマスを退治したはいいが、どうしてあなた様がクニをこわすの!」
と、言った。

わたしは姉上に肩を押さえられて、ふっとわれに返ったのだったわ、と、若いアイヌラックルが語ったとさ。

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