赤沼あかぬま竜神りゅうじんさま

むかしむかし、一人の若いあまさんが、ふらふらになりながら、この赤川あかがわ村をたずねてきたんだと。
そして、「このあたりに、赤い水の色をした沼がないでしょうか」というんだと。
聞かれたおかみさんはびっくりしてしまってのう。
「あんれまあ、そんなら、赤沼のことだべさ。この後ろの山さ登っていけば、その赤い水の沼があるけんどさ・・・。いったいおまえさんはどこから来なさったのかね? どうしてまた、あったらに山奥の赤沼ばなんて知ってなさるのかねえ」と聞いたと。すると尼さんはとたんに、
「あーあ、ありがたやありがたや、赤沼はやっぱりここでしたか」
と言って、そこへぺたりと座ってしまったと。

おかみさんはびっくりして、尼さんを自分の家さ連れていって休ましてやったんだと。
この尼さんは上方(大阪・京都方面)の人でな、わけあって信仰の世界に入ったんだと。そして、がんかけばして、その満願の日に、

「えぞ地の函館の北の方に、赤沼という沼がある。そこへ行って祈願をこめよ」って、夢のおつげがあったんだと。
それを聞いたおかみさんはもうびっくりの三度めでな。

「はいはい、たしかにあの沼は不思議な沼でしてのう、沼の主は、竜だというものもおれば、大蛇だというものもおるんですわ。うちの死んだじっさまが見たのは、竜だということでしたがな。うちのじっさまは若いころから何やら病気もちでしてな、えらく苦しんだ人でしたわ。目をわずらってからは、何やら信仰ばしてるようでしたども、それが、だんだん見えんようになって、それでの、じつは、あの沼で死のうと思ったんだと。そして、わしにだまって、あの沼へ出かけて行ったら、冷たい風が、ザワーッと吹いてきて、何やらぞうっと寒気がしてきたんだと。そしたらな、ジャワジャワジャワジャワジャワと水の音がして、あの沼の中から、すごい恐ろしげな顔ばした竜があらわれたんだと。
じっさまはとたんにくらくらっと目まいがして池のそばにたおれてしまったんだと。
・・・・・しばらくたって、だれか、頭に水ばかけてくれてるような気がして、ふと目を開いたんだと。でもな、だれもいなかったと。そして、不思議なことに、この日から、じっさまの目がよく見えるようになり、おかげさまで、死ぬまで元気で働いておりましたがな。
じっさまは、赤沼の竜神さまのおかげだ、おかげだ、といって、手を合わせておりましたがな」

おかみさんの話を聞いた尼さんは、またまた涙を流して喜んだと。
「あーありがたやありがたや。たしかにわたしが夢に見た赤沼に違いありりません。ありがたやありがたや」
尼さんはおかみさんに礼をいうて、教えられた道を赤沼の方へ登っていっちたと。

間もなく沼に着いた尼さんはな、その水の色といい、あたりのようすといい、あまりにもおつげどおりなのにびっくりしたと。そして、竜神さまにお会いしたいと、沼のはしにすわって、祈願をこめたと。
やがて月も落ちたころにな、シャブシャブシャブシャブと沼の水がゆれだして、さざなみがたってな、それといっしょに、ゴロゴロゴロと、まるで遠くでなるかみなりの音みたいな音が、沼の中から聞こえてきたんだと。して、その音が、だんだんだんだん近くなったら、沼の水がぱっと二つに割れてな、尼さんの目の前に、ものすごく恐ろし気な顔をした大きな竜が、ぐいーっと、あらわれたんだと。
あまりの恐ろしさに、尼さんは思わず後ろにひっくり返ったと。尼さんはひっくりかえりながらもいったと。
「あーありがたい。やっぱり竜神さまでございましたか。ありがとうございます。ありがとうございます。でも竜神さま、その姿では、あまりにも恐ろしゅうございます。できますれば、今一度、もうちょっと、おやさしいお姿でお目にかからせていただけませんでしょうか。もう一度、もう一度、もう一度、お会いしとうございます。お願いいたします。お願いいたします・・・・」

尼さんはまた一心に祈ったと。
竜神さまは、この尼さんのいっしょうけんめいな心に打たれたのか、今度はピシャパシャピシャパシャと、やさしく水を打つ音がして、ふたたび沼の水が割れてな、そこからまあ、今度は、美しゅうて、こうごうしゅうて、おやさしい姿のお姫さまが現れたんだと。

尼さんはどんなに嬉しかったことかー。

それからはな、病気で困った人たちが、この沼をたずねてくるようになったんだがな、不思議なことに、その人たちの投げたオサンゴー、「オサンゴー」ってのはな、白い紙に、米やお金をつつんでひねったものなんだども、このオサンゴを沼に投げ入れるとな、すぐにすうっと沈んで見えなくなるものと、浮いたまんま、なかなか沈まんものとあるんでの。
そこで、すうっと気持ちよく沈んだもんは、竜神さまが、その願いを聞き届けてくれた、というてな、みなさん喜びなさるんだとぉ。