クマとにらめっこ

わたしたち明治のはじめに北海道に入った農家は、墓から向こうの道などは、昼でさえおんな子どもは通れませんでした。ときどき男の人があのへんを通ったとき、墓石のむこう側から、つめをかけて、にょきり立ち上がって、あたりを見回しているクマに出会い、あわてて戻って来たというようなこともよくあったものです。

ある日、西の空に残っていた夕焼けも黒ずんだころ、二人の男が雁来かりきの方へ帰っていきました。
「クマ・・・・」というなり、二人は、かたわらのくぼ地に身を伏せました。わなわなと全身が震えています。
「おまえ、見い!」
「おまえ、見い!」
一人が暗闇をすかして見ました。やっぱりクマです。
しかも、おそろしく大きなそのクマは、じっとして動こうとしないのです。
二人は動くこともできません。
いつおそいかかってくるかわかりません。
ひと晩じゅう、がたがた震えながらも、じっとにらみ合っていたのです。

やがて東の空がしらみかけてきました。
「おいっ、見い!」
一人がいいました。あたりの明るさが増すにつれて、その大グマは、なんと、根かぶを積んだかたまりに変わっているのです。
「なんだ、クマでなかったのか」
「んでも、よかった」
二人は、ひと晩じゅう、やがてまきにされる根っこの山と、にらみ合っていたのです。
「ハハハハ・・・・・」
二人は顔を見合わせて笑ってしまいました。

しかし、そのころ、こんな話はよくあったのです。

「伏古川物語」より

※雁来=札幌市東区の地名
※伏古川=札幌市東区の川