灰の中の砂金

もうずいぶん前の話である。
ニシンがとれなくなった北の海は、火の消えたようなさびしい日が続いた。
海べの村では、職を求めて村から出てゆく者が日増しに増え、村には老人と子どもばかりが残った。村はひっそりとしてしまった。海岸には、壊れた船が打ち上げられて、波だけが音をたてていた。
そんなある日、村を流れている川の上流で砂金が見つかったという噂がたった。

「砂金って、どんな金だべ」
「おめえ知らねえのか? 米粒ぐらいの大きさで、米が何俵も買えるっていうで」「そげに、値打ちさあるものか!」噂は、どんどん広まった。

村から出て行った人々が、どんどん村に帰ってきた。村に砂金が出るという噂を聞いて、みんな帰ってきたのだ。砂金ぼり行ったほうが、ずっともうかると考えたのだ。村は砂金の話でもちきりだった。

朝早くから、人々は川をのぼっていった。砂金ぼりの道具を背中に背負った姿が、川にそって一列に続くようになってきた。奥へ奥へと、人々は先を争って進んだ。村で見かけない人々がたくさんやってきて村の宿屋に泊まりこんでいた。

宿屋もあちこちに新しいのが建った。宿屋だけではなかった。酒を売る店、食べ物を売る店など、いろいろな店が何軒もできた。
砂金を多く見つけた人々は酒を飲み、ごちそうを食べ、にぎやかな夜を過ごした。
いくらでも砂金があると考えている人々は、砂金を売って手にした大金を、一晩でほとんど使ってしまった。
一晩で使っても、すぐまた砂金を掘り出すことができると考えていたのである。来る日も来る日も、村はにぎやかな夜が続いた。
あっちこっちの店で、酒もりをはじめる人々や、さわぎまくる人々で村の中は大騒ぎであった。

茂吉は母親と二人で村はずれに住み、母親は小さい小間物屋をひらいていた。
父が早く死んで、ほかの人のように砂金ぼりに行くこともできない茂吉は、小間物屋の手伝いをいっしょうけんめいにした。
ある日、茂吉は、道ばたに捨てられたワラジの底に、きらりと光るものを見つけた。茂吉はその光るものを、ワラジの底からとって手の平にのせてみた。
「これが砂金というものか!」
はじめて手にいれた砂金のつぶを、茂吉はしげしげと眺めてみた。
茂吉は、はっといい考えを思いついた。そして、宿屋の前に捨てられたワラジを拾い集めてきた。

「茂吉や、そんなワラジをどうするんで?」
ワナジをぶら下げて帰るのを見て、村の人はいった。
けれど茂吉は、なんでもない顔をして、「うん、おらの畑のこやしにするんだ。おらの畑、やせてるからよ」
「へえ、かんしんだな。そりワラジにおめえのくそかけりゃ、いいこやしできるぞ」いくらからかわれても、茂吉はふりむきもせず、いちもくさんに家へ帰った。

「茂吉や、そんなワラジをどうするんで?」母親も驚いて言った。
「おっかあ、いいことがあるんだ」
「そんな汚いワラジに、なにがいいこともあるもんか!」

しかし、茂吉はワラジを積んで火をつけた。次から次と、ワラジを火の中に投げ込んだ。母親は変なことをする子だと思っていた。しばらく茂吉はワラジを燃やしていたが、やがて集めてきたワラジが無くなると、茂吉はそっと灰を見つめていた。

「あるある!」 

ワラジの灰の中に、砂金が残っていた。母親はすっかりびっくりしてしまった。

「茂吉・・・・。これが噂の砂金か!」
茂吉の手の平には、十つぶほどの砂金が光っていた。

それから、茂吉は毎日捨てられたワラジを拾い集めては火をつけて燃やした。
燃えた後の灰の中から、茂吉は砂金を拾い集めた。

そのうち、捨ててあるワラジも無くなってきた。
宿屋に泊まりこんでいた見知らぬ人たちも、だんだん姿を消した。
川に砂金が無くなったのだった。
砂金ぼりに来た人たちは、たいてい金を使いはたし、もとの姿でどこかへ帰っていってしまった。
村はまたもとの寂しい海べの村になってしまった。
新しく建てられた宿屋も、空き家になってがらんとしていた。
新しくできた店も、いつのまにか店をたたんでからっぽになった。

茂吉母子も、村人の知らないうちにどこかへ引っ越してしまった。
よその町で、大きな小間物屋を開いているという噂を、誰かが聞いたというが、それもはっきりしない。

この北の海べの村は、むかしと同じように、今もさびしい村である。
むかしのままであるという。
ときどき村の年よりが、むかしの砂金ぼりの話をするだけである。