とうふとセンベイ

ある日、ぶらりと町へやってきた繁次郎は若い者を集めて、
「どうだ、おめえたち、おれとかけ・・をやる気はなすか」と持ち掛けた。
若者たちは、たびたび繁次郎にひどいめにあっているので用心して、
「またいっぱいくわせる気だべ」と、なかなか話にのらない。

「ま、聞けてば、あのな、とうふ一丁ば、四十八に切って、一口ずつ食えるかどうか、ためしてみる気はないか、ということだ」

「そったらこと、赤ビッキ(あかんぼう)でもできるべせ」

「ほんとうだな、とうふ一丁を四十八に切って、一つずつ食うんだぞ、みごとに食った者には、一升だすだぞ」
そういうことで話がまとまり、酒一升のかけがはじまった。

とうふ一丁がまな板の上にのせられた。そこで、うやうやしく包丁を取り上げた繁次郎は、まず、とうふのいっぽうをうすく一枚を四十七に細かくきざんだ。
そして、残った大きなとうふと合わせて四十八のかたまりを相手の若者の前にさし出した。

「さ、みごと一口ずつマグラ食べてッてみろ」

さて、その若者、細かいほうのとうふは、あっというまに食べたが、残った大きいほうのは、とんな大口をあけても一口には食べることができずに、このかけは、繁次郎の勝ちと決まってしまった。

ところが、このかけでいっぱいくわされた若者。
なかまと、ありったけの知恵をしぼって、あることを思いついた。
そこで、さっそく繁次郎のところへ出かけていった若者は、

「きょうは負けねえぞ。さ、ここにあるセンベイ五十枚を三百までかんじょうする間に食べてみろ。もし、食えたら、おめの好きなもの腹一杯ごちそうしてやるわい」と山盛りのセンベイを繁次郎の前につきだした。

ちょっと考えていた繁次郎は、にんまりして

「この勝負は、おれのものだ」

と、手をもみもみ台所へいった。台所から持ってきたものは、スリばととスリこぎである。その中に、若者が持ってきたセンベイをザーとあけると、粉々にして、水でこね、団子をつくって、あっという間にたいらげてしまった。

中村純三「江差の繁次郎」より