神居かむい人食刀岩ひとくいかたないわ

昔、上川アイヌの酋長しゅうちょうの家に先祖から、どんな時でも決して開けてはならないと伝えられている刀の入ったつつみがあった。

ある日のこと、この包の中から目を射るような光がさし、その光を見ると目がくらんだ。この光は夜毎光よごとひかりを増し、長い尾を引いて飛び部落の家々をおそた。襲われた家の者は鋭い刃で切られて死んでおった。

不思議な妖刀ようとうの光に人々は恐れおののき、酋長も困り果て、刀の包を山の奥へ持っていき置いて帰ってきたが、酋長が家に戻らない先に、捨ててきたはずの刀が家に戻っていた。
そこで、こんどは土に埋めても、川にてても、やはり妖刀は戻ってきてしまった。困り果てておる酋長の夢枕に神様が立たれた。

「この難からのがれるためには、ホトイパウシの下に、アサムサクトという底なし沼があるそのそばに大岩があるから、そこに祭壇を造って祈るがよい」と告げられた。

酋長は、さっそく告げられた場所を探しあて、大岩に祭壇をもうけて祭り祈ったところ妖光ようこうものすごくほのおをあげ大岩が割れた。
その時、山の神の使者、エコンノンノ(えぞいたち)が現れ胡桃くるみの実一つをわえてきて、アサムサクト(底なし沼)にポトリと落とした。
すると、急に沼の水面に波が立ち始めた。そこで酋長は必死に神に祈った。
「この刀がある限り、部落が亡びてしまう。この妖刀が水神すいじんに預けるから、しっかりと預かって頂きたい。もしこの願いを聞き入れて下さるなら、この妖刀を投げ入れたら、今、風もないのに立っている波を消してくだされ」といって刀の包みを沼の中に投げ入れた。

すると、波紋はもんが消えると同時に波もおさまった。よくよく見ると、波と思ってみていたのは波ではなく、何百、何千か知れない小さなへびであった。それ以来、妖刀は戻ってこなかった。

この妖刀を祭ったこの岩を、エベタムシュマ(人を食う刀の岩)と人々は呼んだ。
現在は、台場ケ原と忠別太の境にある刀の形をした大岩が、人食岩だといわれています。

更科源蔵 アイヌ伝説より