道立北海道文書館(もんじょかん)が、1960年代の半ばに民放テレビ局が制作した「新たに視聴区域となった市町村の紹介番組」のフィルムを保管していました。半世紀も前の65市町村の映像ですから、今は失われてしまった町や村の風景です。ネットに載せることはできませんので感想を含めて紹介します。

美幌町 1964年(昭和39年)  23分 白黒 音声なし 

映像は社宅のような建物が映り、学校や市街地へと入り突然アイヌと思われる銅像が登場します。

美幌町の始まりは明治20年、5カ村戸長役場の設置でした。
アイヌの像は開拓時代を偲び造られたものと思います。銅像は台座の上に立っており、台座には詩が刻まれています。

       『荒野  ここに狩り ここを拓きて フロンテア眠る 
        荒野の果に ひびきしオトウィパ 今もなお聴ゆるごとく』

       設置者  美幌町 制作者谷口百馬 碑文三木唯史  
              設置年月 1997・12

本像は1953年に美幌観光協会が彫塑家谷口百馬氏にコンクリート像の制作を依頼し新町交差点に設置したが、1978年道路拡幅により柏ヶ丘に移設された。1997年本像の保存活用を希求する同協会から寄贈を受けた町はこれを修復・鋳造し町百十年記念事業として現在地に設置した、とあります。

大正元年に池田(十勝)~網走間の鉄道が全線開通し移住者が増加し、大正8年に現在の津別町を分村して大正12年に美幌町誕生となります。

美幌町の産業
バスが郊外に向かい田園風景となり田畑でトラクターが映ります。トラクターの後ろに二人が乗り込み手作業で一本一本の苗を投入しています。運転手と三人がかりで何を植えているのかと思えば、映像はビートの収穫に移りました。
大きな工場に移動し、これが「日本根菜製糖㈱美幌製糖所」で、大量のビートを集め、それを洗い、冷凍し固め、粉末にする一連の作業が映されています。

再度、畑の映像となり「馬鈴薯」です。芋ほり機で掘り起こし、手作業でイモを集めてイモの山です。
次は、アスパラガスで「クレード」缶詰工場の一連の作業が映されました。

バスは移動して、次はビニールハウスの中で「トマト」の栽培をしています。温度管理なども映っています。
酪農もあります。豚の飼育、牛の放牧風景から牛追いまでが映像にあります。

自衛隊駐屯地
美幌駐屯部隊の記念運動会がありました。町民も参加で和やかな風景です。
パン食い競争などもありますが、変わったところでは自衛隊らしい競技も見ることができました。

美幌峠
観光バスなのでしょう。砂利道を走り「百八曲り」の標識が見えます。バスガイドが映り、外人さんや新婚さんもおります。
満員バスは「阿寒湖行き」で到着したのは「美幌峠」です。記念写真はアイヌの長老と一緒に写すことができます。また、長老は屈斜路湖を指さし何やら説明をしています。
アイヌの若者たちは、露天の土産物を開き彫刻されたブローチやネックレスなどを販売しています。
次々とバスが到着しています。

                               以上