道立北海道文書館(もんじょかん)が、1960年代の半ばに民放テレビ局が制作した「新たに視聴区域となった市町村の紹介番組」のフィルムを保管していました。半世紀も前の65市町村の映像ですから、今は失われてしまった町や村の風景です。ネットに載せることはできませんので感想を含めて紹介します

稚内市 1965年(昭和40年) 28分 白黒 音声アリ 

稚内市の企画で昭和40年に、札幌テレビ放送が制作し全道に放映されました。

はじまりが、稚内市発祥の地からでした。
良心的な企画と思いました。稚内市の発祥は宗谷村からで、会津藩からはじまります。
昭和30年に合併して稚内市が誕生しますが、その経緯が映像で語られています。

稚内公園

氷雪の門

現在、稚内市を観光で行く人が必ず訪れる稚内公園があります。
稚内公園にはいろいろな記念碑がありますが、それぞれ建設された式典が慰霊祭として映されています。これは貴重な映像だと思います。

・氷雪の門(ひょうせつのもん)
・九人の乙女の碑
・南極観測樺太犬記念碑

また、宗谷岬には現在「日本最北端の地」立派な碑が立てられていますか、当初は標柱だけのものでした。その柱の前で訪れた観光客は写真を写しています。
昭和40年に13万人の観光客だといいます。

稚内の産業

今から55年前には稚内は漁業が一大産業でした。
イカ、サンマ、スケソウダラ、ホッケなどの漁獲量は最盛期。稚内漁港には400隻の船で溢れていたといいます。当然、稚内市場では競市の風景は活気に満ちています。
「新潟の堀川」が進出して「かまぼこ工場」がフル回転。稚内で生産されているとは知りませんでした。

港まつり

現在、どこの町でも盆踊りなどはなくなりましたが、55年前にはどこでも盛大な祭りがおこなわれていました。
稚内の『港まつり』は「南極おどり」「仮装自動車65台」と祭りの風景は、団塊世代の私たちには懐かしいものです。