道立北海道文書館(もんじょかん)が、1960年代の半ばに民放テレビ局が制作した「新たに視聴区域となった市町村の紹介番組」のフィルムを保管していました。半世紀も前の65市町村の映像ですから、今は失われてしまった町や村の風景です。ネットに載せることはできませんので感想を含めて紹介します。

留萌  1964年 28分 白黒  音声なし          

留萌港は留萌川河口の自然港です。
映像は無声ですが上空からの留萌港が映されており、スコットランドの港湾技師メイクの提言を受けて留萌発展のために港湾建設を明治43年に着工。
昭和8年に完成した全貌を見ることができます。

留萌はこの「留萌港」と共に発展した町です。
映像には今は遠い昔となりましたが、ニシンや塩サケ・塩マス等が北前船で本州へと積み出され、明治20年頃には輸入取扱高で道内9位という商業港でした。
市街は留萌港を中心に発達し、木材・農産物の集散地となっており、外国船も出入りする国際貿易港となりました。このあたりの映像も良くまとめられています。

1964年(昭和39年)、今から57年前の映像には「るもい港まつり」が余すところなく映されていました。
留萌市役所、最盛期であった商店街があります。パレードでは「ミス留萌」、この時代にはよく町のイベントにありました。最後は花火大会と懐かしい風景です。

留萌支庁の時代は人口11万人を超えていましたが、今は5万人を割ってしまい、平成22年の組織改革でとうとう振興局になりました。国の重要港湾である留萌港は、古くは幌延からの石炭積出港であり、道北地方の物流基地でもありました

57年前、この年に東京オリンピックが開催された年で高度成長が始まり日本中が景気に沸いていきます。映像に映る「顔」がみな「希望に満ちた顔」に見えます。

留萌に限ったことではありませんが、留萌市活性化のための行政が進む方向は映像の中にあるように思いました。
昨年は、留萌市に道の駅が作られ、高速道路も深川とつながり道央との距離感が無くなってきました。しかし、留萌の経済は留萌の中にあると思いました。
この映像は留萌の市議会議員や道議会議員などにも観ていただくと、大いに参考になるのではと思います。