道立北海道文書館(もんじょかん)が、1960年代の半ばに民放テレビ局が制作した「新たに視聴区域となった市町村の紹介番組」のフィルムを保管していました。半世紀も前の65市町村の映像ですから、今は失われてしまった町や村の風景です。ネットに載せることはできませんので感想を含めて紹介します。

広尾町 1965年(昭和40年) 19分 白黒 音声あり  

副題 広尾の観光

 広尾町が根室本線帯広駅を起点とする広尾線の終点駅であった時代の映像です。

広尾駅で降りた観光客は観光バスに乗車します。バスは海岸沿いを走り黄金道路に入ります。奇岩を眺めながら、今見ると大変危険と思えるトンネルを走ります。当時はこれが観光の一大コースで、襟裳を通って日高の様似までの旅行となります。日高本線の終着駅様似駅から乗車して苫小牧駅へ。ぐるりと一回りする観光コースでした。

黄金道路

広尾駅にはひと夏に30万人の観光客が降りるというのですから大変なブームでした。
途中「フンベの滝」→襟裳道立公園に入ると「百人浜」「襟裳岬」と絶景。
日高山脈が太平洋に突き刺さる襟裳岬では、先端の岩礁にまで降りて楽しんでおります。

もう半世紀も前の襟裳岬の映像ですから、現在のように整備されていませんので自然のままが映っています。

広尾港の港まつりの映像

81.1キロの自転車ロードレースが人気のイベントでした。
広尾港に水揚げされているは「イカ」です。今はとても想像できませんが、昭和40年ごろの北海道では、どこでもイカが獲れていました。それもメーンがイカなのです。
広尾町としては、「十勝の港」としての位置づけを大いに期待していることが伺えます。祭りの大パレードには、道警や海洋青年団も参加しています。
今は、見ることができなくなりましたが「ミス港」もトラックに乗ってパレード参加です。
港まつりらしく、漁師の大魚旗を乗せた「灯篭流し」も真剣そのもの。
広尾町の町民が全員参加であることが良くわかる祭りでした。

写真は最近の襟裳岬ですが、56年前の映像では、この先端まで観光客が岩を渡って降りていました