明治37年<小樽の大火>
明治期における火事発生件数全国1位が函館、2位は小樽でした。
函館と小樽の100戸以上焼けた大火についての一覧が下記です。
小樽での最大の被害は明治37年5月8日夜の2,481戸。
日露戦争での遼陽大会戦の勝利を祝う提灯行列の火の不始末が原因で、現在市産業会館が建っている場所、浅草通りにあった商品取引所近くから出火。
北東方面に延焼し、稲穂・色内・手宮地区を総なめしました。
明治37年<小樽の大火>
明治期における火事発生件数全国1位が函館、2位は小樽でした。
函館と小樽の100戸以上焼けた大火についての一覧が下記です。
小樽での最大の被害は明治37年5月8日夜の2,481戸。
日露戦争での遼陽大会戦の勝利を祝う提灯行列の火の不始末が原因で、現在市産業会館が建っている場所、浅草通りにあった商品取引所近くから出火。
北東方面に延焼し、稲穂・色内・手宮地区を総なめしました。