インカルシュペのともしび -札幌市ー
札幌にある藻岩山は、むかし、このあたりに住んでいた石狩のアイヌの人々にとって、尊い神さまの山として、あがめられていました。あまり高い山ではありませんが、広い平野のどこからでも見ることができます。
アイヌの人々は、この藻岩山を、インカルシュペと呼んでいました。見晴らしのよい山、という意味で、この山に登ると、はるか石狩平野がひと目で眺められました。
晴れた冬のある日、アイヌのオッテナ(村長)が、いつものように、コタン(村)の人たちをひきつけて、藻岩山のふもとへ狩りに出かけました。
どうしたものか、この日は、野ウサギが少しばかりで、さっぱり獲物が獲れませんでした。
オッテナは、
「そうだ、インカルシュペの山のてっぺんに登って眺めれば、獲物が見つかるかもしれない」と思って、若い狩人に、山の頂上からよく見渡してみるように命じました。
若い狩人は、いっきに山の頂上に登り、高い木に登って見渡すと、東の方角にシカの群れを発見しました。
若い狩人が、興奮して、シカの群れを発見したことをオッテナに報告すると、いままで、獲物が獲れずにがっかりしていた仲間たちは、いっせいに元気が出て、
「よし、今日こそは、たくさん獲れるぞ」と喜びました。
明るい雪の原を、オッテナを先頭に、南の方角に歩いて行くと、東の方から、
「ゴーッ」と、音が聞こえてきました。
オッテナは、じっと耳をすまして聞きました。
「ゴゴー、ゴゴー」
なにか地の底を伝わって聞こえてくるような音でした。
オッテナは、
「山鳴りが聞えるぞ! 今日の狩りは、やめよう」と、落ち着いた大きな声で、みんなに言い渡しました。
「こんなに天気がいいのに」
「せっかく、素晴らしい獲物が見つかったというのに」と、みんな残念がりました。
オッテナは、
「いや、インカルシュペのカムイ(神)のお告げだ。吹雪にならぬうちに帰ろう」と、きっぱりといい聞かせました。そうするうちにも、急に天候が変わり、雪が降り始めました。また、「ゴーッ、ゴゴーッと、音が聞えました。
風も出始めました。あたりが、うす暗くなってきました。
「カムイのお告げだ」「吹雪がくる!」
みんなは、オッテナにしたがって帰りを急ぎました。
コタンに着いた時は、もう、前が見えないくらいの吹雪になりました。
吹雪は、二日も三日も吹き続けて、やっと止みました。
「あの時、カムイのお告げがを聞かず、シカを追って南に進んでいたら、命を失っていたかもしれない」
コタンの男たちは、家族の者に話して聞かせました。
吹雪の止んだ夕方、コタンの人たちは、オッテナの家に集まり、インカルシュペのカムイに、お礼をすることにしました。
ヤナギの木をけずり、たくさんのイナウ(神さまに捧げる、けずった木)が、できました。
お酒やごちそうを、供えました。
藻岩山は、月あかりで美しく、はっきり、照らし出されました。
オッテナは、頭にサバウンベ(木の皮で編んだ、儀式用の帽子)をつけ、立派なアツシ(儀式用の着物)を着て、左手に酒杯(お酒の入れ物)、右手に酒ばしを持って、山に向かって立ちました。
「インカルシュペのカムイよ、お聞きください。むかし、遠くのコタンにほうそう(伝染病のひとつ)が流行った時も、山鳴りで知らせてくださり、村中の者の命を救ってくださいました。また、このたびは、コタンの大勢の男たちを、吹雪から救ってくださり、家に帰り着くまでお守りくださいました。どうぞ、これからもこのコタンの者たちをお守りください。また、暮らしを豊かにしてください。インカルシュペのカムイ、聞いてくださいましたか」
コタンの男たちも女たちも、心からお祈りしました。
この時、藻岩山の中ほどが、びかっと光り輝きました。
「カムイシュネ! (神様のともしび)」
「カムイシュネ!
と、人びとは、感動のあまり声を震わせて叫びました。
コタンの人々は、お祈りがインカルシュペに通じたと、喜んだのでした。