カエルのうた

ートーロロ ハンロク ハンロクー

ある日、わたしは、天気もよいので、うかれて、草原をぴょんぴょん飛んで遊んでおりました。
ふと見ると、一軒の家の前に来ていたのです。戸口へ行って、そっとのぞいてみると、家の中には祭だんがあって、その前にすわり台がおいてありました。そして、その台の上に一人の若者がうつむいて、一生懸命に刀のさやを彫っているのです。
そこで、わたしはからかってやろうと思い、敷居の上に座って、

トーロロ ハンロク ハンロク 

と歌いました。
すると、その若者は、刀をかざしながら、わたしを見て、にこにこしながら、

「それは、おまえのユーカラ(物語の歌)かい? それとも、おまえのサケハウ(酒もりの歌)かい?  もっと聞きたいね」

と言うのです。そこで、わたしは、つい調子にのり、

トーロロ ハンロク ハンロク

と歌うと、若者がまた、

「それは、おまえのユーカラかい? それとも、おまえのサケハウかい?  もっと近くで聞きたいね」

と言うので、わたしは喜んで、ろぶちの上にぴょんと飛んで、またまた、

トーロロ ハンロク ハンロク

と歌うと、その若者が、またまた言うのには、

「それは、おまえのユーカラかい?  それとも、おまえのサケハウかい?  もっと近くで聞きたいね」

わたしは、たいそう嬉しくなり、上座のろぶちのすみにぴょんと飛んで行って、

トーロロ ハンロク ハンロク

と歌うと、突然、その若者がぱっと立ち上がったかと思うと、大きなまきの燃えさしをつかんで、わたしの上に投げつけるではありませんか。
わたしは、うでの先までしびれてしまって、それっきり、あとはどうなったのかまるっきりわかりません。

ふと気が付いてみると、庭のすみっこに一匹の腹のふくれたカエルが死んでいるのです。それがわたしの死がいだったのです。
よくよく見ると、ただの人間の住む家だと思ったのは、オキキリムィ、神のような強いお方の住む家なのでした。オキキリムィだということを知らないで、わたしはいたずらをしたのでした。そのために、わたしは今、このようにつまらない死にかたをしたのです。

「これからのカエルたちよ。けっして、人間たちにいたずらをしてはいけないよ」と、言いながら腹のふくれたカエルは死んでしまいました。

知里真志保「アイヌ文学」より