ニントチカムイの金のたばこ入れ

更科源蔵「アイヌの伝説集」より

沙流川さるがわ近くのコタンでの話です。
秋も終わりのころです。エカシ(村長むらおさ)が山に狩りに行くため、長い間、家を留守にしなければならなくなりました。それで、留守中に家族がたくまきを、毎日毎日、川岸にあるハンノキの森から切り出し、家に運んでおりました。

あるとき、いつものように、切ったばかりのまきを運ぼうとして、立ち上がろうとしましたが、なかなか立ち上がることができません。ありったけの力を出してもだめです。
「これはいったいどうしたことだ。こんなことは、今までなかった。それにしても、誰か、助けてくれる人はいないかな」エシカは、汗をふきふき、ふうふう言いながらつぶやきました。
すると、すぐ近くから、「おれが手伝ってやろう」と言いながら、出てきたものがいます。
そのようすは、子どもぐらいの背たけで、目が大きく、口がカラスのようにとがっています。頭の真ん中はお皿をのせたようで、そこには毛がはえていません。足の指先は長く、ちょうど鎌のような形をしています。
エカシは、これがうわさに聞くカッパであろうと、とっさに思いました。しかし、カッパを見るのは初めてです。少しこわかったのですが、助けてもらうことにしました。

そのカッパは、エカシの手をとり、「よいしょ」と引き上げました。するとどうでしょう。今まで、あんなに重かったまきが、とても軽くなり、ほんの少しばかりの力で起き上がることができました。
エカシは、とても喜び、いくども礼を言いながら、カッパを自分の家に案内しました。
その話を聞いたエカシの妻も喜んで、花むしろをしき、酒やごちそうを出してもてなしたのです。カッパもとても楽しそうでした。
そのようすを見てエカシも嬉しくなり、好きなたばこに火をつけ、いっぷくしはじめました。すると、なぜか急に眠くなり、いつの間にか、寝込んでしまったのです。

どれほどたったでしょうか。エカシは、耳元で叫ぶカッパの大声で目を覚ましました。「早く、早く、コタンのみんなをこの家に集めろ」カッパが繰り返し、こう叫んでいるのです。
エカシはなにがなんだかわからないまま、家を飛び出しました。そして、コタンの家々を走り回り、みんなに、エカシの家に集まるように言いました。
わけがわからないまま、コンタの人々は、エカシの家に集まったのですが、不思議なことにカッパを見るなり、みんな急に眠気がきて、倒れるように寝てしまいました。
やがて、すさまじい雷や地鳴りがし、激しく家が揺れました。外は風が吹き荒れているようです。エカシやエカシの家に集まった人々は、それらをぼんやりと感じなが、眠り続けました。そして、眠っている人々は、みな同じ夢を見ました。

夢には、カッパが出てきて、こう言いました。
「わたしは、このコタンのハンノキの森を守るために、天上から沙流川につかわされたニントチカムイ(カッパ神)である。じつは、今夜、悪者がきてこのコタンを襲うことを知った。それで、みんなを助けてやろうとしたのだ。これからもどんなことが起こるかわからないから、この魔除けを置いていこう。大事にしろよ」そう言いながら、カッパは金のたばこ入れをエカシに渡して、消えていきました。

朝になりました。カッパの姿はありません。金のたばこ入れだけが、エカシの手にしっかりと握られていました。
外に出てみると、つぶれた家々のあいだに、エカシの家に集まらなかった人々の死体が、あちこちに転がっています。

カッパからもらった金のたばこ入れは、木の箱におさめられ、コタンの宝物として、大事にされました。そのおかげなのでしょうか。その後、そのコタンは、おだやかな毎日が続き、山の幸にも恵まれて、人々は豊かにくらしたと言うことです。