おもちのほしかったキツネ

わたしが子どものころは、札幌も田舎の町でね、あっちこっちに林ややぶがあって、人をだますキツネなんかも出たんだよ。
町はずれのほうに、もち屋のおばあさんが孫と二人で住んでいたんだけど、そのおばあさんもキツネに騙されてね。

それは、雪もすっかり消えて、ぽかぽかとあったかい日だった。
おばあさんは、今日もおもちの入ったおり(おりばこ)をリヤカーに乗せて、
「てんかーまわりもちー」と、いい声でふれながら町へ売りにいったのさ。
おもちは、つきたてのおもちの中に、あんこがたっぷり入った羽二重はぶたえもちで、見たら誰でも食べたくなったものだよ。

その日も、おもちはよく売れて、おしまいに三個だけ残ったのさ。
「もう、このおもちは売らないで帰ろう。うちでおとなしく留守番をしている孫に食べさせよう」
おばあさんは、軽くなったリヤカーを引きながら、夕暮れの町を急いで帰っていったのさ。
ようやく、うちから一町いっちょう(約百メートル)ばかり手前の、三国屋みくにやという雑貨屋さんのかどまで来たので、
「うちはもうすぐだ。早く帰って帰って孫を喜ばせよう」そう思って、ずんずん歩いていくと、なんだか頭がぼんやりして、うちがわからなくなってね、気がついてみたら、また、三国屋さんの角に来ていたんだよ。
「わしはどうしたんだろう。今度こそはまちがいないでうちに帰ろう」そう思って歩き出すと、またわけがわからなくなって、気がついてみたら三国屋さんの角に来ているのさ。
おばあさんは立ち止まってしばらく考えた。そして、はっと気が付いたんだね。
「ははあ、これはキツネだな。もちが残っているもんだから、これが欲しくてわしをだましているんだな・・・・・よし、よし」

おばあさんは、おりの中からおもちを一つ取り出してね、後ろを見ないようにして、「ほら」といって、肩越しに投げてやつたのさ。

そしたら、不思議なことに、目がさめたような気持ちになってね、こんどは間違わないで無事にうちへ着くことができたんだよ。
そして、孫と二人で、おもちを一つずつ食べたんだとさ。

※羽二重もち=純白で肌ざわりのよい絹織物のように、なめらかについてつくったやわらかいもち。