悪魔をかくした雌阿寒岳めあかんだけ

むかしむかし、石狩の方の山続きに、「悪魔の山」という山がありました。
そこには、悪魔と、そのけらいたちが、かくれていて、旅人をだましたり、りょうをした獲物をぬすんだり、冬ごもりのまきや、食料をぬすんだり人間の困るようなことばかりしていました。

そこで、人々はオタシトンクルという、アイヌの英雄のところに行って、
「悪魔たちに、こんな悪いことばかりされていては、やがて、人間たちは、ほろびてしまいます。なんとか、悪魔たちを退治してください」と、たのみました。
オタシトンクルは、情け深い勇敢な人で、英雄として尊敬されている人でしたので、自分の命を捨て、人々の願いをかなえてやろうと決心しました。

そこで、オタシトンクルは、国々から60人の勇士を集めました。英雄オタシトンクルは、60人の勇士といろいろ作戦を相談しました。
オタシトンクルたちと悪魔たちとは20日間によたって、はげしい戦いを続け、悪魔どもを、つぎつぎと退治しましたが、勇士たちもまた傷つき、死に、残った勇士は、20人たらずになってしまいました。

さすがの悪魔たちもしだいに弱りはじめましたが、つかまりそうになると、黒雲をはき、雷を鳴らし、雨を降らしてにげ回りました。
ある時は、深い山ににげこんだり、ある時は、昼でも暗い森にかくれ、ある時などは、海の上までにげ回ったこともありました。そのたびに、オタシトンクルや勇士たちにさがしだされて、命からがらにげのびました。

そして、ついに、悪魔どもは峠から追い落とされ、湖のなかに砂州さすでつながった、大きな島に追い込まれました。勇士たちは、砂州で待ち受けてとらえるもの、中で追い立てるものの二手に分かれました。

オタシトンクルは攻め手の先頭にたって、大島に入り、先頭に立って、はげしく追い立てました。もう一息でつかまりそうになった悪魔たちは、湖面いっぱいに霧をはきちらして、湖の中に飛び込んで、姿をかくしてしまいました。

湖をわたり、山や森、けわしい坂道を越えて、別の湖のそばにそびえる雄阿寒岳おあかんだけにたどり着きました。そこで、ずるい悪魔たちは、雄阿寒岳にさもおとなしそうに、あわれな声で、
「悪いやつらに追われております。どうか、お助け下さい」と、いっしょうけんめい、たのみました。

ところが、背の高い雄阿寒岳は、いつでも国々を見渡している男神おかみの山で、そのうえに正義感の強い神様でしたので、ものも言わず、岩のげんこつを、いきなりふり上げたかと思うと、悪魔の頭がくだけるほど強く、なぐりつけました。
悪魔たちは、命からがら逃げだしました。そこで、悪魔たちは、しかたなし、長いすそのを通り、雌阿寒岳めあかんだけにたどりつきました。悪魔は、大声で泣きながら、
「一生のお願いでございます。どうかわたしの命を、お助けください」と、頼みました。

雌阿寒岳は、情にはたいへんもろい女神めがみでしたので、悪魔たちをあわれんで、自分の奥深いところにかくしてやりました。悪魔たちは、やっとのことで、かくれがを見つけ、やれやれ、これで命びろいしたと、ほっとしました。
ところが、オタシトンクルと20人の勇士は、風の便りに、雌阿寒岳が悪魔どもをかくまっていることを聞きつけました。オタシトンクルは、勇士といっしょになって、雌阿寒岳に話を持ち掛けました。
情にもろい雌阿寒岳は、悪魔たちをあわれんで、なかなか、応じようとはしませんでした。
オタシトンクルと20人の勇士は、すきを見て、雌阿寒岳の奥深いところになだれこみ、はげしい戦いを、6日6晩続け、やっとので、頭の悪魔を退治し、生き残ったけらいの悪魔も退治することができました。

このはげしい戦いで、真っ赤な血が雌阿寒岳の奥深いところを川のように流れ、その血がたまって、沼になりました。
この沼が「赤沼あかぬま」といわれ、後の世まで雌阿寒岳の奥深いところに残りました。
このはげしい戦いで生き残ったのは、英雄オタシトンクルと、6人の勇士だけになりましたが、勇士たちもまた傷ついていました。

英雄オタシトンクルや、6人の勇士と国々から集まった神がみで、情に負けて悪魔どもをかくまった、雌阿寒岳のつみを口々に責め立てましたが、なかなか聞き入れませんでした。
その時、英雄オタシトンクルは、高らかにさけびました。
雌阿寒岳めあかんだけよ、悪魔どもをかくした罪のむくいとして、いつまでも、血のあとがおまえの内ふところに残るだろう。そして、いつまでも、くさい息が出て、そこから、うみ・・が流れてとまらないだろう」と。
すると、くさい噴煙が、もうもうと立ち上がり、硫黄いおうのうみが流れはじめました。このうみ・・のあとが、青沼となって、赤沼とともに、後の世まで長く残りました。

雌阿寒岳は、悪魔たちが人々を困らせた悪事の数々がしだいにわかってきました。そのうえ、54人の勇士たちが、傷つき倒れたことがわかって、自分の誤った考えがどんなに罪の深いものであったかがわかり、泣いてその罪をわびました。

そのつぐないとして、傷ついたり、たおれたりした、54人の勇士を、ていねいに運び集め、それから、自分がたいせつにしていた、宝の薬をわかして治療してやりました。
その心のこもった、治療の効き目があって、死んだはずの勇士のたましいが、つぎつぎよみがえりました。傷ついた勇士たちの傷もきれいになおり、元気な姿になって、国々に帰ることができました。

雌阿寒岳めあかんだけのわかした薬の湯は、阿寒湖畔温泉あかんこはんおんせんとなって、こんこんと流れ、今も、たくさんの人たちのからだをなおしています。

アイヌの話より

北海道の山々(雄阿寒岳)

北海道の山々(雌阿寒岳)