ひとり歩きの子グマ (アイヌのむかし話より)
わたしたちは、夫婦なかよく、なに不自由なく暮らしておりました。
あるとき、主人が、狩りに出かけて、一頭の小さな子グマをとってきました。そのクマは、そばに母グマもおらず、ひとりで歩きまわっていたそうです。
わたしたちは、その子グマをほんとうにかわいがって育てました。
ところが、もう二年もたつというのに、子グマは少しも大きくなりませんでした。どうしたことか、そのころから、子グマは、海の方に向かっては大声で叫び、山の方に向かっては遠吠えをし、昼も夜も叫び続けるのです。
そのため、わたしも主人も眠ることもできません。どうして、そんな大声で騒ぎ立てるのか、さっぱりわかりません。神さまにお祈りしてもききめはありませんでした。
困ってしまったある日、主人とわたしは、クマのおりのまわりを、うたいながら踊りました。そして、わたしのラウンクッ(お守りひも)をおりのまわりにくくりつけ、また、うたい踊りました。その後、わたしたちは、眠ってしまいました。すると、不思議なことに、その夜の子グマは、とても静かなのでした。
夜明けに、おりに行ってみると、子グマは、骨ばかりになって、わたしのラウンクッにぎっしりとまきつかれて死んでいるではありませんか。あまりのことにびっくりしましたが、どうしようもあれません。それは、朝のとても早い時刻のできごとでしたので、家に帰ってまたすこし横になりました。
すると、枕もとに黒い着物を着た人が来て、言いますのには、
「わたしは、山のはしに住んでいた者です。これまで、あなたがわたしを育ててくださったのです。山の上の方に住んでいた者も、山の中ほどに住んでいた者も、人間のところへ客になって行くと、いつでも、めずらしいごちそうや酒などを背負って帰ってくるのです。それが、うらやましくてたまりませんでした。そこで、なんとかして人間のところへ行き、いろいろなごちそうを食べ、人間をも殺して食べたいと思いましたので、小さな子グマに化けて歩いていたのです。
ところが、それをオタスッの人に見つかって、とらえられ、あなたに育てられました。そのうちに、ますます人間が食べたくなり、大声で叫び、吠えたのです。
どうにかしておりから出て、人間を殺すことばかり考えて二年間もたってしまいました。今では、神さまのばとがあたり、神の国へ帰ることもできません。わたしが悪かったと後悔しています。心からあやまります。これからは決して、こんな悪いことはしませんから、神の国へ帰れるように、一本のイナゥ(お祈りのとき使う細木の道具)を作って祈ってください」
と、夢でつげたのでした。
それで、わたしたちは、イナゥを作り、神の国へと子グマをおくったのでした。
わたしたちは、もう少しで殺されるところでしたが、神さまのおかげで助かったのです。
「どんなことがあっても、山の中を、まったくひとりぼっちで、ゆうゆうと歩いている子グマを、育てるものではありませんよ。化け物が化けているのですから」とオタスッの人が自ら物語りました。
※オタスッ=アイヌのむかし話にでてくる地名。各地のむかし話の中の主人公の出身地がこの名で呼ばれる。
※アイヌの人々は、狩りの獲物は、すべて神が客となって訪れるものだと信じていました。熊祭りという行事は、地上から神の国へ熊を送る儀式として、ごちそうや酒をお供えして行われます。
※イヨマンテ(子グマの魂おくり)は、山で子グマを見つけると家に持ち帰り、一年ほど大切に育ててから、その魂を神の国へおくる儀式です。