エンカマの大ダコ

海の中にある、大きな岩のほら穴みたいなところを、おらたちはエンカマってよんでおった。
神恵内かもえないの海には、このエンカマとよぶところがいくつもあったなあ。
だからエンカマがあるから近寄るな、あぶないところには近寄るなと、おらあ小さいころから聞かされて育ったんだ。
がきどもの遊びの中から、そういうことを教えられて、でっかくなったんだぞ。

むかし、神威岬かむいみさきは船の難所でな、おなごがのった船は通れなかったのだと。
どうして船がしずんだのかということだな、漁師たちはみな、そりゃ、大ダコのしわざだといっておった。

むかし、チョンゴロウという漁師がおったと。
ある日、チョンゴロウはアワビとりに船にのって出かけたと。
そして、船いっぱいアワビをとって帰るとちゅう、とつぜん船もろとも見えなくなってしまったと。
海がしけてもいないのに不思議だと、浜の人たちは話していたと。

だが、そりゃ大ダコがひっぱりこんだという話だぞ。
そりゃどうしてかというと、浮いている船を何ものかが海底にひっぱりこんでしまったのとだ。
そりゃ何かというとだな、大ダコのやろが、こったら大きなエボで、べったりくっつけて、船をビートと海の底にひっぱりこんでしまったと。
船だけはぽこーんと浮かんだども、本人のやつはもうはあ、死体はあがらんで見えなくなったと。それでなんだて、ずいぶん大さわぎして探したども、とうとう見つからなかったと。
そしたら、あとから何日もたってからはあ、すーっかり白骨になって、エンカマの外に出てあったと。タコというやつはなあ、ものをかかえてしまうと、すっかりしゃぶるだけしゃぶるもんだぞ、あいつは。

神威岬を通る船の海難は、岬のつけ根のエンカマにいる大ダコのしわざだという言い伝えだと。
おらの子どものころは、あの辺の漁師たちはみなそれを信じておったぞ。
エンカマの大ダコが岬を通る船を、海底にひっぱりこむのだとなあ。

おそろしい話だったぞ。


神威岬(積丹町)