榎本武揚をだました白ギツネ
むかしむかし、この江差にはな、キツネがいっぱいいたもんだ。
でもな、そのキツネの中で、いちばん有名なキツネが、ほれ、笹山のてっぺんに、おいなりさんがあるだろう。あそこのおいなりさんにまつられている白ギツネでな、このキツネには、いろんな話があるんだ。
いちばんおかしな話はな、榎本武揚がこの白ギツネにだまされたちゅう話だな。
何に、武揚はその時「開陽丸」という、できたてのほやほやの軍艦に乗って北海道へやってきたんだ。しかもこの軍艦、オランダで造らせた軍艦でな、四百人も乗れる船で、三本マスト、大砲も二十六門ちゅうから、ものすごい軍艦だったんだな。もちろん、武揚じまんの軍艦さ。
これさえありゃ、箱館戦争はもう、勝つにきまってる。武揚は自信まんまんでな、江差の沖さやってきたんだ。
なんでも、海からは榎本武揚、陸の方からは土方という大将が来ることになっていたんだと。
ところが、榎本のほうが先に江差へ着いたらしいもんで、どんなあんばいだべ、と思ってな、まず、ドカーン、ドカーンと、二、三発、笹山の方さ向けてぶっぱなしたんだと。
それでな、この白ギツネは腹をたてて、この開陽丸ば難破させたっちゅう、もっぱらの話だでー。
キツネだってよ、笹山のおいなりさんと言われてな、江差の人たちに、あぶらげあげてもらってさ。んだからな、この開陽丸がちんぼつしたちゅう話ばきいたとたんに、おれもぜったいに、この白ギツネだと思ったんだ。それによ、それば、はっきりと見たもんもいるしな、あとから、軍艦の乗組員に聞いたもんもいるんだ。それはな、開陽丸が江差の沖さ、ていはくしたその晩のことだ。夕方から、風が強くなって、雪も降りだしてきたんだな。
武揚は、「こりゃ困った。もう少し港の中のほうさ船ば動かしたい」そう思ってな、水先案内人ば呼んで、そのとおり軍艦ば進ませたんだと。
したら、あっというまに、岩さぶっつかってて、わらわらっときたんだな。
榎本武揚はかんかんにおこって、その水先案内人は呼びつけ、甲板の上でぶったぎろうとしたらな、その男、ひらりと身をかわして、海の中さ、ドボンと飛びこんだと。
して、あれっ、と思ってる間にな、かもめ島のはしっこの岩の上で、まるで、「アカンベ」でもしてるよなかっこばして、開陽丸のほうば見てたんだと。
そんなかっこばしてる白ギツネをな、浜にいてよ、ほんとに見たってものも何人かいたということだ。