化物に憑かれた夫
北見の斜里に、イペランケという老婆がいた。この老婆の若い時の話である。
イペランケは、毎日海でアザラシを捕って生活をしておった。
ある日、美しい斑点のあるアザラシを捕った。ところがこれはアザラシではなく、コシュンプという化物が化けていたのだった。このコシュンプが夫に憑いてしまい憑かれた夫はイペランケを邪魔にするようになった。
毎日のいじめにたまりかねたイペランケは、わけがわからずきっと夫の憑物がいるにちがいないと思い、ある晩のこと、戸口に身を隠し、マサカリを持って待ちかまえていると何かが家に入ろうとしたので、マサカリを力一バイ振りおろした。手応えがあって何かが落ちたので、拾ってみると綺麗な女の片腕であった。イペランケはそれをそっとしまっておいた。
次の晩、一人の女が家にやってきて、イペランケに泣きながら言った。
「私はコシュンプで、アザラシに化けて、あなたの夫に憑いたが、そのため昨夜片腕を切りとられてしまった。しかし、これからはあなたの夫があなたを虐待しないようにするし、あなたには一生不自由をかけないようにするから、夫だけは片腕をとられたかわりとして私にくれてほしい。」
そう言ったと思うたと夢からさめた。イペランケは、昨夜しまっておいた女の片腕を見にいくとなくなっておった。
それからコシュンプの言うとおり、夫はイペランケに優しくなったが間もなく死んでしまった。それはコシュンプにとられたと思う。
しかし、イペランケはコシュンプの言ったとおり一生不自由なく暮らしたという。
更科源蔵 アイヌの伝説より