道立北海道文書館(もんじょかん)が、1960年代の半ばに民放テレビ局が制作した「新たに視聴区域となった市町村の紹介番組」のフィルムを保管していました。半世紀も前の65市町村の映像ですから、今は失われてしまった町や村の風景です。ネットに載せることはできませんので感想を含めて紹介します

上士幌町 1963年(昭和38年) 14分 白黒  音声なし        

映像は昭和38年の上士幌を上空が映されるところから始まります。
昭和31年にできた糠平ダムとその人造湖である糠平湖の映像が長く映されています。
当時も糠平温泉と湖で釣りがレジャー基地だったようです。

開拓で入った人たちの原野を拓く姿が映されています。
当初は馬が開拓の原動力だったのでしょう。街中を通る馬車や馬の手入れの風景があります。
そうして、車やバイクが走り。
開墾にブルトウザーが登場します。そうして、人の手で土に桑を入れ、土地の改良を重ねて土を作り、牧草地を作るために飛行機(プロペラ)で種を撒き、草の改良をし農場を作っていきます。

広大な牧草地とし牛・牛・牛の群れの放し飼いとなる風景です。

町名の由来は、アイヌ語の「シュー・オル・ペツ」(鍋を漬ける川)から。
伝説によれば、昔この地に忍び込んだ盗賊が村人に見咎められ、鍋を水に漬けたままで逃げたから といわれています。

1907年(明治40年)に安村治高丸をはじめとした移転開拓者たちが上士幌地区の原野の各地を開拓していきました。
大正15年に帯広駅から上士幌駅までの士幌線が開通すると、上士幌地区への入植者が増加。
昭和4年になると士幌村(現在の士幌町)からの分村する気運が高まり、昭和6年に上士幌村が誕生。

上士幌町は十勝支庁北部にあります。北部は山岳地帯で国道273号三国峠を通じて上川支庁と接し、南部は平野が広がり、畑作地帯となっています。
北部の山岳地帯まで帯広駅から国鉄士幌線が通じていました。上士幌町十勝三股までの延長78.3km。十勝北部の農産物や森林資源の開発に貢献した鉄道です。

ナイタイ高原牧場

日本一広い、総面積約1,700ha(東京ドーム358個分)の公共牧場で、牛の放牧を見ることができます。
地平線まで続く緑の芝のじゅうたんときれいな空気が、日々の疲れをすっかり癒してくれるでしょう。
ときどき野生の鹿も現れ自然いっぱいの高原牧場です。

                               以上